鑑定師ブログ

観月先生~「祭り」の起源~


2019年8月2日
占い師:

祭祀・祭礼の形は世界各地で多様な形を示し、原初の祭りは一つの信仰に基づいていたと考えられます。豊穣への感謝・祈りであり、農耕社会においては収穫祭が古いものでした。
その他にも祭壇に動物の生贄を捧げる形式があり、ともに、命によって豊穣を得られる信仰が窺えます。

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日本語の「まつり」の語源と原義
「まつり」は「祀る」の名詞形で、本来は神を祀ること、または、その儀式を指すものです。この意味では個人がそういった儀式に参加することも「まつり」であり、現在でも地鎮祭や祈願祭などがそれにあたります。
日本は古代に於いて,祭祀を司る者と政治を司る者が一致した、祭政一致の体制であったため、政治のことも「まつりごと」と呼びます。また、祭祀の際には神霊に対し供物や行為等、様々なものが捧げられ、儀式が行われていました。
しかし、宗教への関心の薄れから祭祀に伴う賑やかな方のみについて「祭」とされる場合もあり、祭祀と関係なく行われる賑やかな催事・イベントについて「祭」と称されることが多くなりました。
「まつり」や「まつる」という古語が先で、その後に漢字の流入により、「祭り」「奉り」「祀り」「政り」などの文字が充てられました。現在は「祭りと祀り」が同義で、「祀りと奉り」が同義とも云われるようになりました。
「祭り」は、命・魂・霊・御霊を慰めるものであり、「祭」は、本来、葬儀のことを指しています。
古神道の本質の一つでもある先祖崇拝が仏教と習合(神仏習合)して現在に伝わっています。「盆」(盂蘭盆・先祖崇拝の祭り)があります。また、鯨祭りという祭りが日本各地で行われています。鯨突きで命を落とした鯨を慰霊するための祭りです。

「祀り」
神・尊に祈ることであり、または、その儀式を指すものです。「祀り」が祈りに通じることから、神職やそれに順ずる者(福男・福娘)などが行う祈祷や神との交信の結果としての占いなどであります。この祀りは神楽などの巫女の舞や太神楽などの曲芸や獅子舞・恵比寿講などです。
その起源は古神道などの日本の民間信仰にもあり、古くは神和ぎ(かんなぎ)といい、「そこに宿る魂や命が荒ぶる神にならぬように」と祈ることなのです。道祖神や地蔵や塚や供養塔としての建立は日々の感謝を祈ることなのです。神社神道の神社にて祈願祈念することも同様なのです。

「祭祀と祭礼」
祭祀と祭礼に厳密な区別はありません。「まつり」は超自然的存在への様式化された行為であり、祈願・感謝・謝罪・崇敬的帰依・服従の意思を伝え意義を確認するために行なわれています。「まつり」は日常生活のサイクルと深く結びつき「ハレのケ」のサイクルの中の「ハレ(非日常性)」の空間と時間を象徴するものとなりました。
社会的に見れば共同体全体によって行われ、共同体統合の儀礼として機能しました。共同体が崩壊し都市が出現すると宗教的意味は建前となり、山車の曳行や芸能の披露と娯楽性の追求の結果、元来の宗教的意味は忘却され世俗的催事としての「まつり」が登場しました。
大相撲も本来は神道としての奉納の祭りであり神事なのです。
こうして、「まつり」は本来の神事や祭礼としての部分が忘れられ、それとは関係のない部分のみが「祭り」と呼ばれることが多くなりました。

本来は神道や仏教の宗教的意味の「まつり」も、その長い歴史と人の思いの中で変遷を繰り返し現代に至っています。盂蘭盆前後に各地で行われる盆踊りを例に挙げれば、年に一度この世に戻ってくる精霊を迎え、また、送るためのものでもあり、また、帰って来た先祖の魂が一緒に楽しむとも云われていますが、一部の近隣住民の苦情の為に盆踊りの為の音楽を流さないといった変化も強いられているようです。とても残念な事です。

こういった事から少しずつ変化を求められたり、変えなくてはいけない事情によって「まつり」が様変わりして行くのですね。
「まつり」の語源を知った上でその時々の催事を迎えれば、「祭り」はとても意義深く畏敬の念に根差したものであることを認識できます。

夏本番を前にたくさんの夏祭りが執り行われます。本来の「まつり」が楽しいだけのものでなく、風土に根差した日本人の心と日本人が日本人であることを認識する民俗信仰がその歴史であることを知っておきたいものです。

最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

観月 拝






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